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スロー農業

よしあきです。
今日から、私も、少しずつブログを書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。

 「スローライフ」という言葉が市民権を得てきて、実践される方が増えてきていることは大変嬉しいことですね。

 ゆっくりと自分のペースで生きていくこと、それは今まで何か罪悪感をともなって考えられることだったけれど、それでもいいのだということが認められるようになってきた感じがします。

 そして、今の私の本業である農業も、「スロー農業」にしていければいいなと思います。
私にとって「スロー農業」とは、“ありのままの状態を認め、肯定的する農業”ということになると思います。

 農業をする時、どうしても「より多く、よりいいものを」と思いがちですが、それは人間の要望(欲望)や都合を優先しすぎてしまう傾向があります。

 そういう点からみれば、「スロー農業」とは“求めすぎない農業”、あるいは“作物の状態に十分配慮する農業”ということになると思います。

 私自身も、作物がうまく育ってくれない時、いろいろな不安感がでてきます。そして、いったい何が悪いのだろうというふうに欠点や問題点探しの思考がはたらきだします。そして、原因がわかったときには解決法を考え、対処していくということになると思います。

 もちろん一般的にはそれでいいのだと思いますが、やはり内容によっては、それは本当にその作物にとって欠点や問題点だと言えるのかどうか、またその対処法は作物のために本当にいいことなのかどうか、立ち止まってゆっくりと考えてみることが大切だと思います。

 そして、場合によってはすぐに対処せず、しばらく様子をみてみる、あるいは見守ってあげるという“待ちの姿勢”というのが求められているように思います。

 たとえば、作物が期待どおりに大きく育ってくれない時、それはそれでいいと一旦受け入れてみます。そして、もっと肯定的な考え方はできないかと考えてみます。あるいは、この状況のなかで感謝できることはないかと考えてみます。

 そうして見方を変えてみると、いままでとは違ったものが見えてくることが多くあります。
たとえば、けっして肥えているとはいえないような不利な条件のなかでも、けなげに美しく生命を保っている姿が見えてきて、“もう一息だよ、頑張って!”と応援したくなってきたりします。そして、そこから生命をよりよい方向に進展させようとしている植物の「本能」のようなものが感じられたりすることもあります。
 そしてそんな時には、“きっと大丈夫、この作物はこの作物なりに、一番いい方向に成長してくれるだろう”と思えるのです。
 
 もちろんその上で、その作物の成長にとって本当に必要と思える(感じる)ことについては、心をこめて、惜しみなく手助けしてあげることは大切だと思います。
 けっして放置することがいいわけではなく、たとえば周りの草を刈って日当たりを良くしてあげるなど、その作物が心地よく育てるような作業が必要になってくることと思います。
 “声をかけることは肥をかけること”だとよく言われますが、そんなこともすごくいいですね。

 そうしてできた農産物は、常識的な目からはたとえ貧相なものに見えたとしても、本当は計り知れない価値があるものと言えるのではないでしょうか。たとえば、収量は半分になったとしても、その価値は十倍以上と言ってよいと思うのです。

 「スロー農業」という考え方を受け入れていくことによって、リスクもでてくるけれど、本当の農業とはどういうものかということについて考え直してみる機会も増えてくることと思います。
 作物の幸せを願いながら栽培し、結果をあせらず、多くを要求しすぎず、その栽培過程やできたものの価値に新たな光を見いだしていく、そんなことが「スロー農業」の基本になると思います。

 そしてその土台となるのは自分への信頼だと思います。自分を信頼し、作物を信頼し、自然を信頼し、宇宙を信頼する。それができたら、本当の意味で、自分が与えられた土地というキャンパスの上に、自然と人間との共同創造の作品をより楽しく、より豊かに生みだしていけるようになるのだと思います。

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