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自分はどんなお茶をつくっていきたいか?

 先日、武蔵野市の林公恵さんという方からお便りをいただきました。

 「暑い日が続いております。18日にお茶が届きました。有難うございました。・・・私は、夏はフェアリーのお茶のほうが軽くて好きです。寒くなると銀河のお茶のほうが身体が喜ぶような気がします。両方とも気持がやさしくなれるお茶です」

 ※フェアリー幸せ緑茶は“やぶきた”という品種を主体としており、銀河幸せ緑茶は“おくみどり”という品種を主体としているため、味や香りに若干の違いがあります。

 ごく短いお便りですが、これを読ませていただいた時、心がじーんと温かくなりました。
きっとそれは、「気持がやさしくなれるお茶です」というお言葉が心に響いたからだと思います。

 勤めをやめて自然農のお茶づくりに取り組むようになってから、「自分はどんなお茶をつくっていきたいか?」という問いかけがいつも心のなかにあります。
 それは単に「農薬や肥料を使わない安全なものを」ということだけではなく、本当に心から満足できるようなテーマをお茶をとおして追求してみたいという気持ちがあるからだと思います。

 そして、その出発にあたり、自分のなかに浮かんできた言葉は「飲んでくださるみなさんに身も心も癒されて幸せになっていただけるお茶」ということでした。

 そんな願いとお茶の役割(効果)をどの程度お届けできているかはまだ未知数ですが、林さんの「気持がやさしくなれるお茶です」というお言葉は、自分の目標を素晴らしい言葉で表現していただけたものでした。
改めて自分の原点が明確になったような気がしました。

 ところで、お茶についての日本最古の古典『喫茶養生記』(栄西禅師 1211年)には、次のように書かれています。
 「茶は養生の仙薬なり。延命の妙術なり。山谷に之を生ずれば、その地神霊なり。人倫之を採らば、その人長命なり。古今奇特の仙薬なり」
 これが書かれたのがちょうど800年前のことでした。
 昔の方は、お茶のもつ効能について、今よりもっと深い認識をもっておられたのでしょうか?何かより高い次元で、お茶の役割を捉えられているような気がします。

 今のお茶は、肥料や農薬の与えすぎで本来のパワーが失われているといわれています。
 特にそのことは“香り”に現れているようです。
 その点では、お茶が本来もつ生命力の発現としての香気をどのように取り戻していくかということも、これからの大切な課題だと言えると思います。

 もうすでに亡くなられていて残念ですが、常茶研究家として活躍された小川八重子さんという方の著書を最近何冊か読む機会を得ました。
 常茶とは日常飲むお茶という意味で、毎日気軽に美味しく何杯も飲めるお茶のことです。そういう点から、昔ながらの在来種のお茶やその地方その地方で培われてきたお茶、また番茶などの良さを見直していこうという提案がされていました。

 またこの方は、“本当に美味しいお茶”を生涯をかけて追及され、その神髄をつかまれた方のようでした。そのことは、晩年になって書かれるようになった“常茶から浄茶へ”という言葉によく表わされているように思います。
 “浄茶”とは、浄化のお茶、魂の浄化へと繋がるお茶とでもいえるものでしょうか。
お茶の本来の在り方として、“常茶”のなかに“浄茶”の姿を見い出していかれたことに深い感銘をうけました。

 まだまだお茶づくりの世界は奥深いもののようです。

 自分はどんなお茶をつくっていきたいか?そのためにはどんなことが大切か?
 いつも原点に立ち返りながら、栽培面や加工面、また様々な面において、より深く考え、実践し、工夫していければと思います。
 

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